MIYAZAKI♥LOVE
平成元年付近や21世紀になった宮崎のことを語ろう
まるさんかくしかく

東村アキコ「まるさんかくしかく」第20・21話から宮崎&昭和あるあるを語る※ネタばれあり

東村アキコさんがご自身の小学生時代をモデルに描いている、『まるさんかくしかく』。

話の舞台が「1985年(昭和60年)の宮崎」ということもあって、前回に引き続き第20・21話目を堪能したところで今回も、【つい小ネタに反応してしまう運営のコーナー】をお送りしたいと思います。

本編を堪能してから読んでいただいても良いし、「漫画は気になるけど読んでいない」という方も、良かったら先にこのコーナーに目を通していただき、東村アキコさんの『まるさんかくしかく』に興味を持ってくれたらいいな、なんて思っています(*^^*)

※この先は作品のネタバレを含みますので、ご注意ください…

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「まるさんかくしかく」第20・21話の小ネタに反応しちゃう運営のコーナー※ネタばれ注意

今回のテーマは「猫を飼いたい事件!(前後編)」となっていますが、その内容の随所に当時の時代背景が伺える小ネタが今回も満載でした(^^♪

では、すこし下にスクロールしたところから始めますよ~

さん

いち

 

■20話の扉絵、あまりにも宮崎市!
19話もそうでしたが、まるさんかくしかくは扉絵だけでご飯1杯食べられるくらい宮崎成分濃いのも嬉しいポイントですよね~^^

そして20話の扉絵は宮崎のなかでも「宮崎市」成分が濃いッ!

中央分離帯のワシントニアパームたち、そしてその向こう側の長いアーケード街…ペロッ…これはッ!宮崎市街地の味!!!

この「中央分離帯のワシントニアパーム+長いアーケード街」は平成元年あたりは勿論のこと、1970年代にはすでに宮崎市街地のお馴染みの風景でした。

代表的な場所としては、宮崎市中心街である橘通りと、それを県北方面へ進んですぐの江平商店街、あと宮交シティ南宮崎駅前があり、このあたりには2024年現在も20話扉絵に似た風景が広がっています^^

余談ですが、「今回アッコちゃんが立っている場所は上記のうちのココらへんじゃないかな?」という勝手考察もしちゃいましたw これについてはまた後ほど♪

 

■地元民であればあるほど忘れがちだけど「日本のひなた」なのだった
宮崎に住んでる身であればあるほど、梅雨や秋の長雨、そして週末にかぎって1日中ザーザー降りになっちゃうケースにぶち当たることもあるので忘れがちかと思いますがw

宮崎は「日本のひなた」をキャッチフレーズにしてるだけあって全国的にみたら晴れの日が多い県なんですよ。地元民、思い出して!

1980~2010年の統計(※1)によると、快晴日数が全国2位、日照時間が全国3位ですからね。

そりゃ1985年のアッコちゃんたちがそう感じるのも納得なのでした(^^)
※1:参考資料「日本のひなた宮崎県‐総務省

 

■「不意に」ヨカニセが出現する地、宮崎
東村アキコ作品といえば「NEO美人画」をはじめ、麗しい人物画も大きな魅力^^

まるさんかくしかくはギャグ漫画ゆえ、他作品よりそういった麗しキャラとなかなか出会えないかもですが(いや、エリカちゃんや甲斐くんやドメ先がおるやろがい)久々に出てきてくれましたね!第8話の「宮崎弁のきつい高校生のお兄さん」!!!

てっげなヨカニセやがー♪(訳:超イケメンじゃーん♪)

ヨカニセ(よかにせ)は宮崎・鹿児島の方言で、イケメンや好青年という意味です。普段はあまり使わない言葉だけど響きがキレイで個人的にはかなり好きな方言のひとつ^^

さて、個人的見解つづきで申し訳ないのですが、宮崎ではこの系統のヨカニセと、不意に遭遇する率が高いように感じております。

「それはあまりに地元贔屓すぎるだろ!」と思われちゃいそうですが、最近もこういうニュースがあってだな…

あまりのヨカニセ加減に、このニュースはTwitter(X)でめっちゃ拡散されたという(^^;

モデルさんとかタレントさんとかじゃなく、ほんっとに普段の暮らしのなかで「不意に」この系統のヨカニセが目の前に現れ、そして通り過ぎて行くことがあり…その度にひっくり返りそうになる運営なのでしたw

 

■お兄さんのガチ宮崎弁について語る☆パート2
ここからは8話感想でやったヤツの第2弾をお送りします。

前回とは別の運営(どういうこと??と思われた方、こういうことです^^)が書いているため、ところどころ前回と意見が異なる箇所がありますがご了承を♪

  • うっせられたっつや→まあ使う
  • もぞなぎ→けっこう使う(とくに御年輩の方と話すときなど)
  • つんのめって→かなり使う
  • はまっちょった→使いますねー
  • あんたんげ→めっちゃ使うw
  • うちんげ→同じく使うw
  • おっかい→呼吸するように使う
  • 飼えんちゃわ→むしろこれ以外の言い方をナチュラルに使える気がしない
  • 持っていきない→日常会話

 

つんのめって8話でも出てきたとおり、つんのめる「つまずく」という意味です。運営は幼少期よくコケてたので「つんのめるよー!」って、よく親から言われてましたw

あんたんげの「げ」は家という意味の方言なので、この場合の意味は「あんたの家」となります。これは運営の周りでも日常的に使われてます^^

おっかいは「居るから」でこれもめっちゃ使います。単純に、「居るから」と言うより「おっかい」の方が発話しやすいというか…宮崎弁のイントネーションやリズムに乗って話すとなると、やっぱコッチの方がしっくり合うんですよね~

飼えんちゃわも同じく!このシーンで「飼えないんだよね」って言うのは、登場人物だとドメ先くらいじゃなかろうかw

それと、うっせられたっつやは、都城弁のうっす(捨てる)から来てるのかも。あとうっ捨てられたっつやが話し言葉になって少し省略形になってるのもあるかなと思います。うっ捨ては「打ち捨て」が訛ったんでしょうかね…ポイっと捨てられてる情景が思い浮かんで辛い(;;)

このうっと近いニュアンスの宮崎弁としてひっがあるような気がします。ひっこける(勢いよくこける様)ひったまがる(超ビックリする)など、「うっ」同様、強調の意味が込められてるような…(いずれちゃんと調べてみねば^^;)

 

■アッコちゃん、そのチラシあん店のやねw
さて、ヨカニセお兄さんとのアレコレのあと、アッコちゃんはチラシを使うわけですが、
ココで東村先生の細かすぎる宮崎ネタが炸裂!!!

拡大して見てみたところ、完全にマルショクの広告です!どうもありがとうございましたwww

店名だけでなく、よく見たらロゴマークまでシッカリ描かれている徹底ぶり。東村先生のこういうセンス本当に大好きです!ぜひ本編でご確認を^^

さて、マルショクはどんなお店かというと、九州・中国地方ではお馴染みのスーパーです。
アッコたちのいる1985年もですが、平成元年あたりの宮崎市内にも現在より多くの店舗がありました。

宮崎中心街にはデパート級のマルショク宮崎店(1990年前後からマルショクの大型店舗名であるサンリブ呼びになったと思う)がありましたし、

手持ちの1990年代前半のサンリブ広告

赤江中そばのスタバの場所にもマルショクがあったし、

そして、まるさんかくしかくの舞台のモデルであろう1985年の宮崎市大塚にもあったんですよマルショクが!

2024年現在はダイレックス大塚中央店になっていますが、2011年3月にダイレックスがオープンする以前はココにマルショク大塚店がありました。

マルショク大塚店は1983年にはすでに営業していたことを確認していますので25年以上地域の生活を支えてくれてたお店だったんですよね~

アッコちゃんたちにとっても馴染みのお店だったろうなぁ^^

 

■父・健一が食べてるのはアレですなw
父・健一ったら、これまた「宮崎ネタ」なデザート食べてますね^^

柑橘系の果物だというのはパッと見で分かると思うのですが、なんか皮が分厚いと思いませんか?

そう、この皮がポイントなんです!

あれは皮ではなく、皮の下の白いワタの部分。そしてその白いワタのほんのりした甘みを楽しみつつ果肉と共に食べちゃうのが正解。そんな果物が宮崎にはあるのです。

そう、それこそが日向夏!



白いワタを最大限残すため、皮は出来る限りうすーく剥くのもお約束。

この皮も柚子のような爽やかでいい香りなので、砂糖漬けにしたり細かく切って酢飯や汁物に入れたり出来て重宝するんですよ^^

 

「へべす」も宮崎の特産だよ!!
同じ柑橘系繋がりになりますが…ペットショップ店で店員さんがおまけでつけてくれようとした「へべす」!

実は。この当時はもしかしたら、「サンズ」という名称だったかもしれないんです!?

というのも、「ヘベす」の歴史?をちょっと調べたら、昭和56年に一般公募で「サンズ」という名称になったものの、このネーミングがすでに使われていたことから、平成元年に「へべす」に戻したという歴史があるらしいですね?

にしても。さすが!県北に親戚が多いという林一家なだけに、「へべす」に反応する父・健一はさすがだなあ~(笑)

ちなみに「へべす」は最近はそれこそ、宮崎県内での知名度はUPしていますが、県外の「すだち」「かぼす」にはまだまだ敵わないイメージがあるので、この漫画を見て気になる人が増えるといいなあ(#^^#)

 

■「岩切章太郎」で目を輝かせる健一
健一のこれねー、たぶんですが、単なる「お、子どもが偉人の伝記を読みたいなんて感心だぞ!」って喜んでるレベルを超えた喜びようかもしれないと思うんですよね。

なんせ、アキコたちがいる1985年の宮崎市っていったら、そこら中に岩切章太郎さんが創り上げた街並みが広がってた…と言っても間違いじゃないと思うんですよね。

扉絵で触れた中央分離帯のワシントニアパーム群もそうですし、アキコたちもキット行っていたであろうこどものくに宮交シティも岩切章太郎さんの会社「宮崎交通」が作った施設ですし、なにより現在以上に住民の足として重要だった宮交バスが「宮崎交通」のバスですし、健一世代やそれより年上世代の宮崎人のなかにはそんじょそこらの偉人より岩切章太郎さんの方が偉人と感じてる方も決して少なくなかったんじゃないかな…

宮崎観光の父であるということも凄いですが、それ以上に自分たちが住む地の街並みや交通網をリアルタイムでドンドン作っちゃった人ですから、そうなっちゃうのも納得です。

ただ、東村先生の説明にもあるとおり、1985年当時に小学生だったアッコちゃんや平成元年あたりの宮崎の高校生世代の運営陣にとっては、受けている恩恵は多大なのに遠い存在でもあり、「そういや橘橋の市役所側に銅像あるよね」というめっちゃボンヤリした印象だったり、あろうことか「大淀川慕情を歌ってる人やっけ?」などと完全に間違えて覚えちゃってる者も学生時代には居たんですよ…

大人になってから凄い偉人だと気付き、すんごく申し訳ない気持ちになっちゃったりするのもまた、宮崎あるあるなのかもしれません(^^;

 

■田中書店ー!!!
このワンカットは熱い!!!

田中書店、しかも一番街の田中書店ですよー!ココで本を買うのは勿論のこと、待ち合わせに使ってた宮崎人めっちゃ多いのでは!?

運営陣も平成元年あたり、高校の帰りに若草通に行くことが多かったのですが、本屋さんだけは若草通ではなく10号線渡って一番街まで行って、ココを使ってました。

それか、寿屋向かいの中央田中!(こちらも一番街と同じく田中書店でしたね♪)

一番街店、うん、こういう看板だったなぁ…このコマを見ながら色々思い出してニコニコしてしまいました^^

そうそう、冒頭で少し触れた扉絵の「中央分離帯のワシントニアパーム+長いアーケード街」は何処なのか問題。『一番街』が出てきたので、これは橘通りだろうなと思います♪

宮崎市のメインストリート橘通り(2023年11月撮影)
写真左側のアーケードの途中に一番街の入口があります^^

アーケード沿いの建物は1985年とはかなり変わってしまっていますが、アーケードとワシントニアパームの街並みは現在もそのままだしストリートビューでも見られますよ^^

 

■アッコちゃん衝撃のあまり悟空になるの巻
田中書店一番街店をあとにしたアッコちゃんは運命の出会いをするのですが、その衝撃で口調がおかしなことにwww

1985年といったらジャンプで連載されていたドラゴンボールの人気が高まり、翌年のアニメ放送が決まった頃かなと思います。そりゃ悟空口調にもなっちゃうよね!

 

■兼高かおる世界の旅
健一、8話では「野生の王国」が好きだと言ってましたし、今回は「兼高かおる世界の旅」ということで、MRTめっちゃ見てるなw

この「兼高かおる世界の旅」という番組はアキコや運営陣が生まれるずーっと前の1959年にスタートして1990年まで30年10か月もの間放送されていた長寿番組でした。

兼高さんが色んな国へ旅行に行き、その映像に合わせてご本人と相手役の芥川隆行さんがトークを繰り広げるという内容だったと思います。

昭和50年代の日曜朝9:00~9:30は運営宅でもこの番組が流れてた記憶があります。
日曜なのでゆっくり二度寝してから起きてリビング覗くと、親がノンビリ見てるというのが定番だったなぁ^^

 

■1980年代、シャム猫以外の人気洋猫種は?
そうそう、運営陣が子供時代とかは確かに舶来ネコさんの代表格といえばシャム猫さんでしたわ!スラッとした容姿に青い瞳がオシャレで、公園とかに自由に遊びに来る外飼い猫たちのなかには居なかったイメージ。

要はそれだけ貴重な洋猫さんだったのだと思います。

1980年代、シャム猫以外にも人気のあるメジャーな洋猫種って居たかなぁ?と記憶を辿ってみて、思い出しましたよ!いたいた!ペルシャ猫!

シャム同様、もちろん今も愛されている猫種ですが1980年代前半に登場したキャラクター「シルビア&シルベスター」の2匹の猫さんも長毛なのでそう思ってたし(とはいえ本当にペルシャかどうかは不明)東村作品に度々登場するアニメ花の子ルンルン1979~80年放送にも主要キャラとして白いペルシャ猫が登場していました。

アビシニアンも人気あった記憶がありますが、あれは80年代後半以降だったかもしれないなー

 

■たーくんがのたうち回ったデパート
18話でも登場したゴールドライタン、たーくんは渾身の「のたうち回り」で勝ち取ったことが判明www

東村先生の注釈どおり、たしかに昔はデパートやショッピングセンターのおもちゃ屋さんでよく見かける光景でしたよねw

今もあるっちゃある光景だろうけど、見かける頻度がすごく少なくなりました。

そもそもおもちゃ屋さんの数が1980年代と比較すると圧倒的に減ってる気がします。市内だけでも複数あったおもちゃのBANBANやハローマックも無くなってしまったものなぁ(;;)少子化の影響もあるだろうし、通販で買うことも多いだろうからそういう影響のあるのかもしれませんね。

ところでたーくんはどこでのたうち回ったんでしょ?

アッコちゃんの話によるとデパートということですので、そうなると1985年の宮崎市内で対象となるのは5つ!

山形屋、寿屋、橘ジャスコ、アピロス、そして先ほどチラッとご紹介したマルショク宮崎店のどれかじゃないかな?と思います。

ただ、1980年代くらいまでの宮崎では地下街の無い大型スーパーなんかも「デパート」と呼びがちだったので、宮交シティレマンだった可能性も捨てきれませんよ~!

 

■心底ヤバいと思ったときに出るセリフだよねw
あいたこらーっ!はマジでヤバいときや、やらかしたときなどに口をついて出てくる、叫びにも似た言葉ですよねw

言うときの表情は半泣きであることが多いような気がします。類義語は「やいやー…」かなぁw

 

■80年代、宮崎市内のペットショップってどこにあったかな?
今回の重要な舞台のひとつ、ペットショップ。そういえば1980年代の市内の何処にあったか覚えていますか?

運営陣は少ししか覚えていないのですが、ちょっと書き出してみますね(記憶頼りのため、間違いがあったらスミマセン!)

  • 大塚の10号線のところにあった「マリーン」(老舗のペットショップで、犬猫に熱帯魚などがいたという記憶があります。)
  • 宮交シティのダイエー側3階(鳥や小動物、鑑賞魚もいたかなー)
  • 昭和町交差点そばの「昭和小鳥店」(珍しい小鳥もいたっぽい)
  • レマン1階(1982年には営業していたことを確認している。フェニックスという店名)
  • 源藤交差点へ向かうガードを抜けた場所のペットショップ「クシマ」(犬と猫が居たと思います。80年代じゃなく90年代からのお店の可能性あり)
  • 寿屋の屋上(とても朧気な記憶なので間違ってるかも^^;鑑賞魚がいたような…)

 

これ以外にも沢山あったろうなぁ…ペットショップ、子ども時代には寄ったが最後、ずーっと可愛い動物たちから離れたくなくて、たーくん並みにのたうち回っていた記憶が蘇りました(^^;

以上!『まるさんかくしかく』20・21話目の「宮崎&昭和あるある」でしたが、いちばん驚いたのはアッコちゃんの行動力!そこまで本気ならキット良い飼い主さんになれるね^^
それにしても健一よ…いつもながら一筋縄ではいかない男だぜw

この先もどんなことが起きるのか?「宮崎&昭和あるある」とともに次回も楽しみです!

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