MIYAZAKI♥LOVE
平成元年付近や21世紀になった宮崎のことを語ろう
平成元年頃の事情

宮交シティバスターミナルの柱の色は令和元年リニューアル後どーなる?

平成元年あたり、ある日の宮交シティ バスターミナルにて

宮交シティ バスターミナル

 

平成元年あたりの宮崎の高校生は、いま眺めている

肌色の柱を。

 

ピンクの方が近いかなぁ…

…ううん、やっぱり肌色。

 

なんと微妙な色か…

 

オシャレじゃないよねーそこはかとなくオシャレじゃない。

 

晴れでも、雨でも、曇りでも

朝でも、昼でも、夜でも

春夏秋冬通じて

オシャレじゃない。

 

円柱の

存在感たっぷりな直径と高さ

 

そのいくつもが

ずっと

ずぅっと

肌色で連なっている。

 

「なんやとこの色…」

 

ボンヤリとそう思っているところにバスが来る。

 

シューともフーともヴォ―とも決めつけられない

大きな動物の鼻息みたいな音とともに

屏風みたいなドアが開く。

 

一瞬まえまでの肌色のことは、一旦、その音で掻き消されて

目的地を思い出した高校生はタラップをのぼる。

 

青にザラっと柄が散りばめられた座席にポフと座り

窓の外を見る。

 

肌色だ 柱が。

 

「いや、じゃかい なんやとこの色。なんでこの色にしたっちゃろ…」

 

動き出す車窓

柱は後方に

 

でも新たな柱が前方にいくつも連なっている。

 

その中を流れていくミスタードーナツの、黄とオレンジがかった赤の看板

少し暗くなってきて、ライトが灯っているのにたったいま気付いた。

 

ゴールデンチョコレートがすきだ。食べたいなぁと思いながら

「こん柱、そのうち色、変わるっちゃろかねー?」

呟く顔が映るガラスの向こう側には、流れて行く肌色群。

 

楽しい日も普通の日も

今日みたいに泣きそうな日も

 

宮交シティ その柱は

肌色。

 

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令和元年、宮交シティの柱の色は?

さて、彼女たちの居る平成元年あたりから30年程経過した現在、令和元年。

宮交シティの柱の色はどうなっているのでしょうか?

調べてみたところ、令和元年5月現在、

変わっておりません!肌色、健在です!!!

…いや、令和の今となっては【肌色】という言葉自体がもうあまり使われていませんね。クレヨンにおけるこの色の名称も【薄橙】または【ペールオレンジ】と表記されていますし。

肌色はこの色だと決めつけてしまうのは他の肌の色の人々を傷つけることになるのではないのか、この多様性の時代に合っていないのではないかということから、この色が【薄橙】【ペールオレンジ】表記となったように、

世の中の様々な物事がこの約30年という年月のなかで、目まぐるしく変化しました。

しかし、宮交シティの柱の色は、その歳月を以ってしても、揺らぐことなくペールオレンジで在り続けた。

これって、結構凄いことなんじゃないかなと思うのです。

宮交シティは2019年、すなわち平成31年から令和元年にバトンが渡された今年、大きなリニューアルを行っています。

平成元年あたりの高校生たちがたむろしていたお店たち…ミスタードーナツは残りましたが、長年親しまれた店舗から場所を移動しリニューアルオープン、そしてロッテリアは去り、新たにいきなりステーキなど多くの注目店舗がオープンするわけです。

だけれども、そんな流れのなかでも、柱の色は変わらなかった!

平成元年あたりの高校生たちはこの色を「オシャレじゃない」とか「微妙で地味であいまいな色だ」とか言っていましたが、長い年月を重ねた現在となっては、それすらも味わい深さ。

個人的には、これからもずっとこの色で在り続けてくれたらいいなぁと思っています。

だって、平成元年あたりの高校生たちが、ときに半ベソかきながら眺めていた同じ色を

令和元年あたりの高校生たちや、これから誕生するであろう未来の高校生たちも、はしゃいだり泣いたりしながら眺めるなんて

なんか良いなぁって感じるのです。

 

歴史の証人、宮交シティのペールオレンジの柱たちよ、これからも健在であれ!

 

…それにしても、どうしてあの色にしたんでしょうね? とにかく微妙な色なんだよなぁアレw

 

もし、理由を知っていらっしゃっる方、情報をお持ちの方、

そして、私と同じく『情報なんか知らないけど柱のこと語りたい』方!

おられましたら、教えて頂ければさいわいです。

 

きっと平成元年あたりの高校生たちも知りたがってると思いますのでw

 

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