現在と同じ部分も違う部分もある平成元年あたりの宮崎。

今回は2023年現在の地図を見つつ、1991年の宮崎農業高校の周辺を散歩してみましょう♪

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宮崎農業高校だった場所の現在は?

1991年に宮崎農業高校だった場所は、2023年現在も変わらず宮崎農業高校のままです。

ただ、1991年~93年にかけて創立100周年事業として校舎の大規模改修が行われましたので、建物の外装・内装ともに当時から変わった部分は多くあると思います。

学科の名前(もちろん内容も)が一新されたのも1991年。

それまでの『農業・園芸・造園・林業・生活』の5学科から、現在の『生物工学・生産流通・食品工学・環境工学・生活科学』5学科になりました。

こうして書いてみるとすっかり変わったように思えますが、平成元年あたりの学生たちにも「農業」「農高」と呼ばれていた宮崎農業高校が、現在も恒久のあの場所にあること自体は当時のまま、変わっていません。

2023年の今年、創立130年を迎える宮崎でも屈指の伝統校!

これからも沢山の生徒さんの学びと健やかな成長の場であってほしいなと思います(^^)

それではここから、1991年に農高付近にあったお店をちょこっと覗きに行ってみましょう。

ビブレアール宮崎だった場所の現在は?

1991年にビブレアール宮崎だった場所には、2023年現在も変わらず同店が存在しています。

ただ、建物は大幅改装か…ひょっとしたら建て直した可能性もあるのかなぁ?

というのも、1991年頃の同店は入口が県道367側にあったと記憶しているからなのですが…記憶違いだったらすみません(汗)

また、店名はビブレアール宮崎のままですが、業態にも変化がありました。

当時は、1990年11月までの店名である家具のAコープのときと同じく大型家具店でしたが、2023年現在は家具店というより『九州最大級の介護用品ショップ』として、重要な役割を担うお店になっています。

…実は店名もビブレアール宮崎でありながら、同時にもっときっとという店名でもあり、店舗にはそちらの店名の大きな看板がついているので、地域の方にはそう呼ばれる率も高いかもしれませんね(^^;

そしてココは1991年当時、平成元年あたりの宮崎の高校生たちのおしゃべりに欠かせない、貴重な公衆電話スポットのひとつでもありましたが、2023年現在は駐車場内の県道367沿いにあった電話ボックスは撤去されています。

ですが、あの緑の公衆電話ボックスのすぐそばにあった特徴的なJAロゴの時計は2023年現在もあの場所にあります。

おもちゃのバンバン恒久店だった場所の現在は?

1991年におもちゃのバンバン恒久店だった場所には、2023年現在、ファミリーマート恒久店かつや宮崎恒久店があります。

すぐ隣で営業していた紀伊国屋弁当・メンズササキの建物は当時のまま現存しており、学生家庭教師会宮崎という会社が一角で営業されているようです。

また、当時から年季の入った建物だった老舗自転車店田中自転車商会と道向かいの中島サイクルは現在も現役で絶賛営業中です。これからも頑張ってほしい!

長岡商店だった場所の現在は?

1991年に長岡商店だった場所は、2023年現在空き地で看板が建っています。

年季の入った建物の小さな商店でしたが、空き地になった現在の様子を見ると改めて「こんなに小さな敷地にお店があったんだなぁ」としみじみしてしまいます。

おばあちゃんが店番をされている率が高かったと記憶しているお店です。

お菓子やパンを買いに寄っていた学生さんも多かったのでは?

個人的には、平成元年あたりにイッキに知名度を上げて流行した『バターしょうゆ味』というフレーバーの『リスカでっかいどう北海道スナック』がココでしか売ってるのを見かけないので、買うために日参していたという思い出があります。

とんがりコーンのような形状のコーンスナックで、濃い味のバターしょうゆ味が高校生の味覚と胃袋にジャストフィットだったんですよね~

100円いくか、いかないかの安さだったのに、いっぱい入ってて美味しいスナック菓子でした。

ハッピーマートだった場所の現在は?

1991年にハッピーマートだった場所には、2023年現在、スシロー宮崎恒久店があります。

正確にはハッピーマートだけではなく、隣にあった日産プリンス宮崎南店の敷地だった場所も含めてスシローになっています。

なお当時からそのお隣で営業していた長友美容室は現在も看板を出しておられますよ^^

農高の生徒さんたちも高確率で放課後行っていたであろうハッピーマート農高前店。

ハッピーマートのなかでは後期にオープンしたお店で、店内には当時まだ珍しかったコンビニ内イートインスペースがあったとの情報を頂いております。

全国区コンビニがSPARしかなかった当時の宮崎において、ハッピーマートの存在はとても大きかったなぁ

平成元年あたりの宮崎市と令和の宮崎市ー日常に密着した小さなまちかどにも当時と現在では様々な違いがありますが、

どちらも『誰かの思い出』であり、『これから思い出になっていく』場所。

今後も記憶のなかを散歩しながら、すこしずつ大切に記録していこうと思います。

ですが、どのまちかどにも運営陣が拾いきれない沢山の思い出が隠れているはず…

「当時この周辺にはこんなお店もあったよ!」などの情報や和やかエピソードがありましたら、是非ともコメント欄にお寄せくださいませ♪

記事を読んでくださっている皆さんと、平成元年あたりの様々な宮崎を共有できたらとても嬉しいです(^^)

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