2019年4月30日でついに平成が終わってしまいます。
昭和が終わった瞬間、
私は学生だったのですがちょうど入院していたこともあって、
昭和から平成になった瞬間は病室で過ごしていました。
まあその前の年から昭和天皇の病状が思わしくないと言われていたのですが、
そういうこともあって・・・年末年始なのに何となく世の中が暗い感じがしていたものの、
それよりも何よりも、
正月あけて学校へ行かずに入院かよ・・・退屈だなあ。
なんて思って過ごしていた矢先の出来事でした。
昭和〜平成になった瞬間の世の中の様子
入院先の病院で昭和天皇が崩御されたことを知った私。
なので当時の街の様子などをテレビや新聞で見ていたわけですが、
デパートなどのお店が閉まって街が閑散としているその反面、
やたらとビデオレンタル屋に人が大勢集まっているのです。
それはなぜかというと昭和天皇が崩御されたことで、
テレビ番組が全て特番に差し変わってしまい、
通常やっているドラマやアニメ、
バラエティ番組は放送されないんです。
例えるならまるで東日本大震災の時と同じような状況で、
テレビのCMですら今思うと、
「AC」のCMくらいしかやっていなかったんじゃないでしょうか??
それが記憶するところでは、
2〜3日くらい続いていた気がします。
なのでただでさえ入院して暇を持て余しテレビ見るしか楽しみがなかったところに、
そんな状況なのでテレビも全て特番で面白くないという・・・
中でも一番記憶に残っているのが、
これがちょうど日曜日と被っていたこともあって、
楽しみにしていた「サザエさん」が放送されなかった、
ということを今でも覚えています(苦笑)
ちなみに一番早く通常モードに戻ったのが、
意外なことに・・・なんとNHKの第2でした。
まだ他の放送局が自粛ムードの中、
NHK第2だけはわりと早い時期から通常の番組をやっていた記憶があります。
(まあNHK第1で特番やるんだから第2は通常に早く戻しても問題なかったんでしょうね)
とにかく街のお店も閉まってしまい、
家にいてもテレビが全部特番・・・となれば、
暇つぶしになるビデオを借りるためにレンタル屋に人が集まったというのは、
当時の状況から考えると当然と言えますが、
もし今・・・同じようなことになっても、
ネットさえ繋がっていればいくらでも暇つぶしが出来るので、
30年以上前のように、
レンタル屋に人が殺到することはもうないかもしれませんね。
「平成」という年号を聞いて・・・
さて年号が慣れ親しんできた「昭和」から「平成」に変わったわけですが、
最初にこの年号を聞いたとき。
・・・なんだか地味でパッとしないよね、
なんて思っていましたww
ですがさすがに、
この年号に30年以上も付き合っていると、
いつの間にか馴染んでしまっていて、
年号を書く時「S」から「H」で書くこと対しても、
今では当然ですが何の違和感もありません。
でも高校で年号が変わったせいなのか?
正直なところ「平成」になってからの方が、
生きている年数が長いのに。
「昭和」の時代の方がなぜかインパクトが残っているんですよね。
それは過ごしてきた時間というのが、
大人になってからの約30年より、
子供の頃の数十年の方が、
濃く長く感じるからなのかもしれませんね。
(大人になると不思議に時間の流れが年々早く感じます^^;)
さて2019年5月にいよいよ年号が変わるわけですが、
次はどんな年号になるのか?
今から気になります!
そしてこの間まで、
自分の祖父母など明治生まれの方が普通に生きていた時代だったのが、
今や大正生まれの方ですら100歳超えている時代。
これから新しい年号に生まれてくる人たちにとって、
明治生まれはもはや歴史上の人物となってしまうんだなと。
そう考えると・・・ああ自分も歳をとったなあ。
なんて改めて思う今日この頃です^^;
懐かしいですねぇ。
確かに、昭和を生きていたのってほんの10年そこそこだったのに、昭和の時代が色濃く残っているし、自分は昭和の人間だと思っている。いまだに昭和64年の硬貨を見るとたぶんテンション上がるでしょうし、ギザ10もおそらく嬉しい。平成から令和に変わった瞬間は特に何も感じない。
運営者様のおっしゃる通り、子供の頃の出来事の方がより色濃く記憶されるのでしょうね。
懐かしさを共有して頂けて、運営陣一同嬉しいです(^^)
昭和64年のあの数日間とそこから平成になった瞬間からの慌ただしさというのは、
体験した者にとって相当にインパクトがあり、ずーっと覚えてるだろうなぁと感じております。
ギザ10、平成元年あたりはお釣りでもらう10円玉に入ってる率高かったのに、いつのまにか幻のように見なくなりましたね~
運営陣もいまギザ10見たらテンションあがってツイートする自信まであります(笑)
まだ子どもだった1980年代、そして個人的に宝物のような思い出がギッシリな平成元年あたりと90年代…
ずーっと忘れないだろうし、多くの方から忘れ去られないよう、これからも出来る限り記録を紡いでいこうと思います。