現在と同じ部分も違う部分もある、平成元年あたりの宮崎。
今回は2023年現在の地図を見つつ、1991年の宮崎日大高校の周辺を散歩してみましょう♪
宮崎日大高校だった場所の現在はどうなっている?
1991年に宮崎日大高校だった場所は、2023年現在も変わらず宮崎日大高校のままです。
また、当時はまだ出来立てピッカピカだった宮崎日大中学の校舎(1988年1月完成)も当時と同じ場所にあります。
平成元年あたりの宮崎の高校生のあいだでも「日大」と呼ばれていた宮崎日大高校は、名前から分かるとおり東京の日本大学の系列なので、それだけでもうかなり都会的なイメージがありました。
まだまだ扇風機すら教室に設置されていない高校がザラにあった当時の宮崎において、1991年7月には学校全館に冷暖房完備という偉業を成し遂げた日大…凄いです。
それではここから、1991年に日大付近にあったお店をちょこっと覗きに行ってみましょう
相互繊維だった場所の現在は?
1991年に相互繊維だった場所には、2023年現在も変わらず同店が存在しています。
ただ当時の資料では『相互繊維支社』表記なのですが、現在は『株式会社相互繊維』なので、30年超の年月の流れのなかで何かしらの変化があった可能性はあるかもしれません。
日大の校門すぐそばにあるお店なので、『グンゼファミリーショップ』という印象的なサブタイトルが入った看板を日々の登下校時に目にして覚えている方も多いのではないでしょうか^^
あと、住吉中の制服をココで購入した方もいらっしゃるのでは?
ひまわり食堂だった場所の現在は?
1991年にひまわり食堂だった場所には、2023年現在も変わらず同店が存在しています。
ただ、現在は林商店(少なくとも2011年には既に営業しているのを確認済)も同敷地にあるので、ひょっとしたら建物は当時から変化しているかもしれません。
ネットでの情報になりますが、建物があるだけではなく2023年現在も営業されているようですね。
平成元年あたりの腹ペコ高校生たちも寄った可能性大の食堂、これからも頑張ってほしいです。
中城商店だった場所の現在は?
1991年に中城商店だった場所は、2023年現在住宅と思われる建物があり、閉店しているようです。
ただ、当時お店があった名残なのか、年代物のファンタの看板が敷地内にあるのがグーグルストリートビューでも確認出来ます。
ということは、ここのお店ではジュースが買えたんだろうなぁ…きっとパンやお菓子や、ひょっとしたらお弁当も。
手元の資料を見る限り、ひまわり食堂より大きなお店だったようなので、当時お世話になった生徒さん多かったんじゃないかなぁ。
1991年の宮崎日大高校付近にあったお店やまだ無かったお店たち
宮崎日大高校のすぐそばには国道10号線があります。
ココは平成元年あたりは現在以上に大動脈というか、かなり栄えていた場所で、この道沿いには当時も色んなお店がありました。
■レストランおぐら住吉店とガソリンスタンド(2023年現在はマツモトキヨシとIDEXカーケアショップ)
■チョキチョキハウスたなか(2023年現在も店舗あり)
■We’SN住吉店(チョキチョキハウスたなかと同じコーポラス川添1階にあったが閉店。2023年現在はカワソエ宅建)
■ザ・シューズ住吉店(2023年現在はアップガレージ宮崎北店)
■くすがねや(2023年現在マックスバリュー&ダイソー島之内店と豊吉うどん)
平成元年あたりの宮崎市と令和の宮崎市ー日常に密着した小さなまちかどにも当時と現在では様々な違いがありますが、
どちらも『誰かの思い出』であり、『これから思い出になっていく』場所。
今後も記憶のなかを散歩しながら、すこしずつ大切に記録していこうと思います。
ですが、どのまちかどにも運営陣が拾いきれない沢山の思い出が隠れているはず…
「当時この周辺にはこんなお店もあったよ!」などの情報や和やかエピソードがありましたら、是非ともコメント欄にお寄せくださいませ♪
記事を読んでくださっている皆さんと、平成元年あたりの様々な宮崎を共有できたらとても嬉しいです(^^)