1984年12月1日。
この日は宮崎県に初めて、
FMラジオ局が開局した日!!
そのラジオ局は・・・
FM宮崎。
「JOY FM」の愛称でいまや宮崎県のラジオ局のひとつとして、
MRTラジオと共に広く県民に愛されているラジオ局です^^
またFM=イマドキの音楽が流れている、
というイメージがある?のか、
MRTが年配の方がよく聴くイメージに対して、
JOY FMは若者向け、
なんて思ってしまうものの(笑)
双方それぞれの特徴を生かして、
宮崎県民のメディアとして上手く住みわけが出来ていますよね。
さて前回MRTラジオの思い出を語る記事を書いていますが、
今回はFM宮崎こと、
JOY FMの思い出などを語ってみたいと思います。
JOY FM(FM宮崎)現在のパーソナリティは?※2019年11月現在
2019年12月1日で開局35周年を迎える、
FM宮崎。
1984年当時からすると、
すっかり顔ぶれも変わったと思いますが、
そんな中、
DJ POCKYさんは開局当初から現在まで、
第一線で頑張っているというのは本当にスゴイです!!
それでは現在のFM宮崎のパーソナリティ。
DJ POCKYさんを始めどのような顔ぶれとなっているのか?
公式サイトを参考にまとめてみました。(敬省略・2019年11月現在)
- DJ POCKY
- 木村つづく
- 赤間瞳
- 児玉真美
- ジェイミー・ハバード
- 奥山真帆
- DJ SHIRO
- 小野一絵
- 加藤亮作
- コレナガカオリ
- 黒木梨澄
- Mr.Bunny
- 須藤里紗
- 樋口千穂
- 山本円
- マダム
- バード社長
この中で木村つづくさんといえば、
土曜MRTで放送されている、
「つづくさんのどようだよ」のイメージを持たれる方も多いとは思いますが、
やっぱり木村つづくさんといえば、
FM宮崎で放送されている、
「HYBRID MORNING」ではないでしょうか。
この番組はすでに10年以上も放送されている、
まさに!FM宮崎の朝の顔ともいえる番組ですよね^^
ちなみに私が、
UMKの番組でもお馴染みのジェイミー・ハバードさんを知ったのも、
「HYBRID MORNING」の英語のコーナーでした♪
そして今。
FM宮崎で人気No.1の番組といえば!?
DJ SHIROさんがメインパーソナリティを務めている、
「Radio Paradise 耳が恋した!」(耳恋)
でしょう!
この番組は本当に人気が高く、
私が働いている会社の、
若い営業職の人が夕方必ず聴くラジオの定番といえば、
「耳恋」そして、
金曜日は「Super Friday DJ Pocky’s Radio Show! WEEKEND JAM」
というイメージが強いです(*´ω`)
そういえば「WEEKEND JAM」は以前、
金曜日のお昼からのワイド番組でしたが、
今は夕方のみの放送なんですね・・・
さて月〜木の夕方に放送されている、
SHIROさんの「耳恋」。
コチラもFM宮崎の長寿番組で、
一時はイオンモール宮崎のサテライトスタジオで放送されていましたよね。
多くの買い物客が賑わうショッピングモールでの公開放送は、
いつも聴いているラジオのパーソナリティの姿を身近に見れるので、
リスナーにとって、
とても嬉しいものだったのではないかと思いますが、
イオンモールが改装したことで、
この公開生放送のスタジオが無くなってしまったのはとても残念ですね。
ところで「耳が恋した」というコチラのタイトル。
1999年当時の、
FM宮崎のキャッチコピーだったんですね!
このキャッチコピーが今や、
局を代表する番組「耳恋」となって多くの県民に愛されているわけなので、
番組のタイトルって本当に大事だなって思います。
そんな県民に広く愛されている人気番組を手掛けている、
FM宮崎。
しかしながら私自身、
最近はラジオ全般殆ど聴いていないので、
FM宮崎で最近聴いた番組といえば、
日曜の夕方5時、
外出して遠出したらなぜかつい聴いてしまう(笑)
「NISSAN あ、安部礼司~beyond the average~」
くらいかなあ・・・
(ごめんなさいっ☆)
FMラジオの思い出ある番組について
それではFM宮崎の開局記念日を祝して、
番組の思い出について色々語ってみたいと思います。
私自身が特にFM宮崎を聴いていたのが、
主に1995年前後で、
この頃に、
仕事しながら車の中でいつも聴いていました。
当時のリクエストやメッセージを出すには、
ハガキかFAXが主流だったのですが、
特に生放送時で「今日のテーマ」の内容が、
今自分が一番語りたい内容だった時。
聴いている媒体が車のカーコンポという環境だったことから、
リアルタイムにメッセージやリクエスト出来ないので、
とても歯がゆい思いをしていました☆
(その点MRTラジオは電話でオペレーターにメッセージを伝えることが出来たので、
仕事中でも外の公衆電話からメッセージやリクエストしていたなあ・笑)
その中でも特に、
メッセージしたくても出来ないのが残念に思っていた番組が、
FM宮崎制作の番組ではないのですが・・・
JFN系列でお昼に放送されていた、
「ヒルサイド・アヴェニュー」
この番組自体は1992年から2005年まで続いた番組なんですが、
私がよく聴いていた1995年前後のパーソナリティが、
- 月火:石川小百合
- 水木金:小川もこ
このお2人がパーソナリティを務めていました。
中でも私は小川もこさんのお喋りが大好きで、
すぐにメッセージやリクエストがしたいって思うのに、
・・・今ここにFAXがないことを何度悔やんだことか(苦笑)
なので一度も番組にメッセージを送ることが出来ないまま、
ラジオを聴かなくなってしまったので、
今の時代なら絶対に番組を聴きながら即メールしてたんだろうなって、
思いますね。
そして。
土曜日のお昼からは歌のカウントダウン番組三昧!
いわゆる「カウントダウンステーション」の時間となり、
番組がTOKYO FMのスペイン坂スタジオで公開生放送されるわけですが、
この場所っていうのが、
ゲストで登場するアーティストの姿が生で見れる、
っていうことから、
はるか遠く宮崎で聴く私にとって、
当時・・・憧れの場所でもありましたねー。
(何度そこに行きたいって思ったことか・笑)
さてこの土曜日13:00からの、
「カウントダウンステーション」の構成ですが、
まず13:00からは「カウントダウンジャパン」。
主にJ-POPのカウントダウン番組で、
これを聴いていたおかげで、
最新のヒット曲に詳しくなりました♪
ちなみに一番私がよく聴いていた時代がちょうど、
提供がコーセーからローソンに変わった頃なんですが、
・・・当時(1996年ころ)は、
宮崎にはローソンがなかったので(多分?)、
このローソンのCMを耳にするたびに、
ローソンへの憧れを抱いていた思い出がありますw
続いて14:00からは、
「コスモ ポップス ベスト10」。
コスモ提供の洋楽のベスト10番組となっていて、
イマドキの洋楽に疎い私も、
このよく聴いていた時期だけはちょっとだけ?
洋楽をよく聴いていた気がします^^
そして15:00からは、
「TOYOTA WEEKLY ALBUM TOP10」!
最新アルバムのトップ10の番組ということで、
今流行っているアーティストのアルバムを、
ランキング形式で紹介していましたね。
最後は「21世紀に残したいポップス」をキーワードにした、
音楽リクエスト番組、
「THE GOLDEN HITS」へと続いていくというー
まさに!土曜日は音楽三昧で、
ちょうど好きなアーティストの時に、
仕事の関係で車を停めないといけないときは、
時間を押してでも!?その曲を聴いていた、
なんてことをしてました☆
ちなみに仕事から帰る時に聴いていたのが、
「サントリー・サタデー・ウェイティング・バー」
土曜夕方17:00からやっていた番組で、
「”AVANTI”(アヴァンティ)」というイタリアンレストランを舞台に、
謎の紳士が近くにいる客の会話に聞き耳を立てるー
という内容となっているのですが、
その会話というのが、
有名芸能人・著名人などといった方々が、
その日の番組のテーマに沿って、
会話をするというスタイルの、
「東京一の日常会話」をキャッチコピーにした番組。
なので飲みにきた日常会話風のトークでありながら、
業界の裏話的な感じの会話が楽しめる番組なので、
これは面白かったですね。
更には日曜日のお昼からは、
様々なアーティストの方々が1時間ずつ番組を持っていて、
これらの番組も、
休日のドライブの楽しみでしたが、
これ山下達郎さんの、
「山下達郎のサンデー・ソングブック」は、
1992年から今でも変わらず放送されているので、
今でもたまに聴くと、
変わらず放送されている姿にホッとしちゃいます(*´ω`)
そして私がよく聴いていた時代で、
絶対に欠かさず聴いていた番組が、
今の「安部礼司」の時間にかつて放送されていた、
松任谷由実さんの番組、
「松任谷由実 サウンドアドベンチャー」。
松任谷由実さんの楽曲が聴けるというのも魅力でしたが、
なんといっても!
松任谷由実さんの恋愛相談コーナー。
リスナーのハガキに寄せられた恋愛相談に、
松任谷由実さんが答えるというコーナーがとにかく好きでしたね。
あの・・・「人生相談」を思わせるような、
辛口アドバイスに頷いてみたりして(笑)
ということで、
ここまでTOKYO FMの思い出になってしまいましたが(汗)、
続いて、
FM宮崎の思い出について語ってみようと思います☆
JOY FM(FM宮崎)思い出の番組
1984年に開局した宮崎の民放初のFM宮崎。
開局当時の番組といえば!やはり、
DJ POCKYさんの「サザンウインド」、
そして「トワイライトステーション」ですよね!
特に「トワイライトステーション」は平日夕方の定番番組、
いわば「耳恋」の前身?ともいえる存在というイメージですが、
特に人気あったのが、
POCKYさんと「ぺこちゃん」こと横山由美さんとのコンビ。
番組は「トワイライトゾーン」のOPの冒頭の音楽が流れて、
「トワイライトステーション」というエコーの効いた声で始まるのですが、
POCKY&ペコの軽妙なトークとFMならではのオシャレな選曲で、
番組が構成されていたので、
当時学生だった私はハマって聴いていたものです(*^^*)
しかしながらそこからしばらくの間は、
あんまりFM宮崎を聴いていなかったのですが・・・
そこから約10年近く経って、
再び聴くようになったのが1995年前後でした。
この頃のFM宮崎はというと、
まず平日の朝7:30〜10:55まで放送されていた、
「Morning Spice」
先日UPしたJYA.GA.NE記事にも書いていますが、
私がよく聴いていた時代のパーソナリティが、
確か・・・当時の局アナだったと思われる?
- 坂井淳子さん(金曜日)
- 久保田恵美さん(曜日は忘れた)
このふたりと、
もう一人が確か・・・ペコちゃんこと、
- 横山由美さん
だった気がしますねー☆
さてFM宮崎の朝はこの番組からスタートするのですが、
特に坂井淳子さんのトークは、
今MRTで放送されている「GOGOワイド」と変わらず、
この当時からめちゃ面白い!
中でも名物コーナー、
「んにゃこりゃどっかにちょる曲特集」は、
全く違う曲なのにコレって似ているんじゃないか?
って思う部分を比較するというコーナーとなっていて、
リスナーから寄せられた情報や坂井淳子さんが見つけた曲を聴いて、
「これマジで似てるw」「えー・・・?似てないし」
なんて思いながらいつも楽しく聴いていたものです。
あと私が何気に楽しみにしていたのが、
平日夕方16:00から放送されていた、
「TIME AFTER FOUR」
これは番組冒頭で「オールデイズをアナタに」と紹介されていたことから、
主に昔の洋楽を中心とした番組で、
曲を紹介して昔の洋楽をフルコーラスでかけるだけというー
なので番組にはトークがほぼない!
ですがこの昔の洋楽というのが私の好きな音楽のジャンルだったので、
このシンプルさがとにかく好きでしたね^^
ちなみに私が最初に聴いた当時、
パーソナリティは2代目で鎌田文夫さんという方でしたが、
一番印象に残っている放送として、
鎌田文夫さんが担当している時期にちょうど阪神淡路大震災が発生したのですが、
発生した当日・・・番組の内容を変更し震災の詳細について、
当時局アナだったPOCKYさん「坂元誠一アナ」として伝えた回が一番印象残ってます。
(鎌田文夫さんがこの日「坂元アナ」って紹介したとき、『POCKYってアナウンサーやっちゃ?』って思った記憶がありますw)
そして一旦FMラジオから離れて再びちょくちょく聴くようになったときは、
3代目パーソナリティの甲斐裕三郎さんが既に担当されており、
甲斐裕三郎さんの時は年末12月になると必ず、
ビートルズを全曲かけるという企画をされていました。
こうして主に1995年あたりはFM宮崎をよく聴いていたものの、
しばらくして・・・会社の営業車が、
なんと!AMラジオのみしか聴けない車になったことから、
そこからAMラジオしか聴かない日々が続くのですが、
2000年代になってようやくFMラジオも聴ける車になったことから、
また少しずつFMラジオを聴くようになりました。
さてこの頃の朝の番組といえば、
月〜木曜日は木村つづくさんの「HYBRID MORNING」、
そして金曜日はDJ:S@KOさんと柿塚日香里さんの「AREA J-Morning」!
このような番組構成となっていて、
この両者の番組同士、
時にコンビニのパン対決なんかが行われていたりしたので、
この事が会社で話題になったりしたものです☆
ところで金曜日の「AREA J-Morning」についてですが、
S@KOさんと柿塚日香里さんのトークが、
MRTの「タケ坊・淳子」っぽい感じで本当に面白くて、
ラジオ聴きながら大笑いさせられました♪
S@KOさんの「わーこれはヒドイww」て思いたくなるような、
柿塚日香里さんに対する突っ込みが・・・なんとも可笑しすぎw
S@KOさんの、
愛のある?毒舌っていいですよね^^
金曜日の朝はこのお2人が、
毎週楽しい番組を放送されていましたが・・・
2019年にS@KOさんが闘病の末お亡くなりになったことは、
本当に悲しかったです。
以前S@KOさんの闘病の様子をTVで拝見しましたが、
喋るのが大好きな方が、
次第に喋れなくなっていくということは、
言葉では言い尽くせないくらい辛いことだったと思いますし、
結果的に復帰することなく若くして亡くなったことは、
本当に残念ですが、
こうして番組を振り返ることで、
S@KOさんの活躍がみんなの記憶にいつまでも残ればいいなって思いますね。
ということで長くなりましたが(汗)、
35年分の思い出ってまだまだこんなものじゃないでしょうが^^;
とりあえずはこの辺で締めたいと思います。
35年という長い歴史の中で、
すっかり宮崎には欠かせないメディアのひとつで、
伝説的番組をいくつも輩出してきた、
JOY FM・・・FM宮崎!
これからも新たな伝説を生み出すような番組が出てくることを期待し、
応援したいと思います。