東村アキコさんがご自身の小学生時代をモデルに描いている、『まるさんかくしかく』。
話の舞台が「1985年(昭和60年)の宮崎」ということもあって、前回に引き続き第9話目を楽しく堪能させていただきました^^
さて、そんなわけで今回も、【つい小ネタに反応してしまう運営のコーナー】をお送りしたいと思います!
本編を堪能してから読んでいただいても良いし、「漫画は気になるけど読んでいない」という方も、良かったら先にこのコーナーに目を通していただき、東村アキコさんの『まるさんかくしかく』に興味を持ってくれたらいいな、なんて思っています(*^^*)
※この先は作品のネタバレを含みますので、ご注意ください…
「まるさんかくしかく」第9話の小ネタに反応しちゃう運営のコーナー※ネタばれ注意
今回のテーマは「忘れ物撲滅事件!」となっていますが、その内容の随所に当時の時代背景が伺える小ネタが今回も満載でした(^^♪
では、すこし下にスクロールしたところから始めますよ~
さん
に
いち
■あちゃ~~~やばいよこれ~!!を宮崎弁にするとこうなる
アッコちゃん、朝からやらかしてしまいましたね~!
めっちゃ焦ってるのが伝わってくる宮崎弁で1ページ目から笑ってしまいましたw
本文は9話を読んでからのお楽しみですが、類義語(文)としては、「やいや、どんげしよ~!!!」「こらイカン!てげヤベーがっ!」などがあるかなぁ( ̄▽ ̄)
■忘れ物の内容にめっちゃ共感してしまったw
あー!これは分かるっ小4のシッカリした女子ともなれば、主要な物は忘れないんですよ。
でも、副教材はウッカリしちゃうの、あるあるだよねw
音楽のちっさい歌唱本とか、滅多と使わない道徳の教科書とは別の冊子とか(←あったよね!?伝われw)そもそも使わないときの方が多かったりするから存在すら忘れがちでした。
…まぁ、運営はシッカリ者ではなかったので主要な物もバンバン忘れてたけどなw
■昭和末期の小学校、令和では許されないであろう「情報公開」をあっけらかんとやりがち
辱めwww
小4ともなれば、けっこう大人っぽい言葉知ってるのもあるあるだね^^…と、それはさておき、うん。ありましたねぇ、こういうのw
後ろの黒板に「正」の字で記録されたりね~、会社の営業さんのセールス成績じゃないんだから、そんな情報公開せんでもイイがねっ!
しかもそれを書き足していくのがクラスの記録係さんだったりするので、仲間の失敗を仲間が晒さざるをえないという、冷静に考えるとなかなかの地獄絵図が展開されておりました(^^;
アキコたちがいる1985年の小学校では、宮崎だけでなく全国的にこういうのがあっけらかんと行われてたんですよね~ とっても昭和w
個人情報の扱いが丁寧になった平成中期以降は少なくなったと思うし、令和のいまやったらクレーム来そう…
そういや同時期、中学だと遅刻もグラフとかで「見える化」されてた学校あったんじゃないかなぁ(なかなかの地獄絵図パート2w)
■「みやこんじょと志布志」を根拠に否定するアキコ
アッコちゃん、てっげ物理的根拠で汚名(!?)から逃れようとしちょるけど、なんにしても宮崎人やかい、多分ルーツは一緒やじw
潔く跡江出身?の先祖を受け入れたまえw
■ダイナミック忘れん坊、クラスにひとりは居がちw
今回のメインキャラさこっちの様子…いつか見た風景だw
絵の具使う授業のときに絵の具バッグごと忘れてきちゃうような豪気な猛者が、皆さんの記憶の中にもキット居るはずです。
悪気はないんや…ただひたすらに忘れん坊なんだよねw
■近ければ近いほど…
これもあるあるネタだーwww
遅刻もそう!近ければ近い程「まだ間に合う」とか思って寝過ごしたり、つい油断しちゃうんだろうなぁw
■チートすぎるやろ、それw
校内という閉鎖空間に居るとき、外部との接触は緊急時のみとされていた昭和…(いや、これは現在も結構そうなのでは!?)
これはかなりリスキーだしチート技ですねぇw見つかったら、がらるっじーw(訳:おこられるぞー)
そうそう、テレカ対応の緑の公衆電話は物語の舞台の翌年1986年導入だったので、当時は写真のような10円のみ対応の赤電話とかが主流でした。
あとピンクや青、黄色の公衆電話なんかもあったなぁ。思い返してみると、昔の公衆電話って結構カラフルだった(しみじみ)
なお、本編のモノはモノクロなので定かではありませんが、下部が白いのでピンク電話じゃないかなーと思います。
それにしても、さこっち。死守すべきはソレじゃないぞw(具体的なことは本編でご確認を^^)
■ドメ先、今日もキマッてんなぁ
ダメだw今回も魚留先生(ドメ先)で笑ってしまったw勝てねえwww
まずヘアスタイルが素敵なんですよ!
85年に若手教師やってるドメ先ですから、キット80年代入ったばかりの頃に東京で大学生してたんでしょうね(まぁ、自己申告なのでちょっと経歴詐称の可能性もあるけどw)
その頃の流行りといえば、たのきんトリオに聖子ちゃん!
このキラッキラのアイドルのみなさん。1980年からの数年間、男女ともに似たヘアスタイルだったんです。
調べて頂けたらすぐに画像出てくると思いますが、揃いも揃って「聖子ちゃんカット」やその亜種なんですよ!
ドメ先のあのヘアスタイルはその影響を色濃く受けてるんだろうなと思いますw
…しかし、1985年には先述のアイドル達のヘアスタイルはとっくに変わってたんや。
ドメ先、その髪型も諸々のセンスもビミョーにズレてるぞ!そういうトコだぞアナタwひょうきんディレクターに注意されてらっしゃいっ☆
■スケバン刑事
懐かしっ!!!斉藤由貴さんという逸材がキラ星の如く登場したドラマでしたね♪
ヤンキー文化真っ盛りの85年、原作もですがドラマがそりゃもう大ヒットしまして、斉藤由貴さんがイッキにスターダムに昇りつめたのは勿論のこと、主人公が持ってるヨーヨーもオモチャ屋さんで売ってたので、アキコたち小学生も買って貰ったりしてたと思います。
斉藤由貴さんが歌うエンディングテーマ「白い炎」も好きだったなぁ…♪迷子のこ~いを~ だ~きしめて~♪
ちなみに本編注釈で「85年当時は斉藤由貴主演の第1部が放映中」とありますが、スケバン刑事人気は第1部だけではおさまらず、85年11月~86年10月は南野陽子さん主演で第2部が、そして86年10月からの一年間は、皆さんご存知「フェニックスから来た少女」こと、宮崎のキラ星アイドル浅香唯さん主演で第3部が放映されました。
ただ、このときの浅香唯さんのセリフは「宮崎弁のようで宮崎弁ではない摩訶不思議な方言」だったため、宮崎人はドラマを楽しみつつも毎回、これどこの方言なの???となってました。宮崎あるあるの鉄板ネタですねw
■てげの最上級
ごめんなさいwww運営はコレ使ってなかったから知らんかったw
ただ、「てげ」は特にお子さん~20代あたりのヤングはとにかく使いますし、使うシーンもテンション高いときが多いですから(「てげ」は「めっちゃ」とか「超」とかそういう意味合いだから、自ずとそういうシーンで使うことになる)容易に内輪で「てげ」アレンジが発生するんですわw
時代は違えど、チョベリグとかアリ寄りのアリとかそういう言葉の発生と似てるかもですね~
運営陣の周辺では、シンドイこととか、怒り、あと驚いたときにやたらと「てげじゃ…マジ、てげじゃ…」とつぶやき続ける男子集団も居ましたし、きっと色んな場所でこういうローカルな「てげの最上級」が生まれてたんだろうなぁw
■山河燃ゆ
これまた懐かしいものをwww運営も親が観てたこともあり、よく覚えている大河ドラマです。
主人公の両親が鹿児島出身という設定だったので、志布志出身のお母さんがいるアキコのお家も感情移入しながら毎回観てたのかもしれないなぁ^^
エミー、とにかく気の毒な役どころだった…というか主人公の賢治といい、兄弟たちといい、チャーリーといい、みんな気の毒で(涙)
でも!個人的にはオススメの名作なので機会があれば観てみてくださいな^^
■図師さん北島マヤ説
それで乗り切れるの凄すぎるんよwww普通バレるやろ!!!
その技術力…図師さん、実は宮崎の北島マヤなのでは!?
(北島マヤって誰だよと思ったヤングの皆さん、是非とも名前でググってみてください。昭和あるあるですw)
以上!『まるさんかくしかく』9話目の「宮崎&昭和あるある」でしたが、
今回は小ネタの秀逸さもさることながら、メインストーリーがとにかく共感できるし小学生の気持ちに戻ってハラハラしたし、毎度のことながら面白くて何度も噴き出してしまいましたw
それにしても、なんちゅーラストだw東村先生さすがだわwww
この先もどんなことが起きるのか?「宮崎&昭和あるある」とともに次回も楽しみです!