東村アキコさんがご自身の小学生時代モデルに描いている、『まるさんかくしかく』。
話の舞台が「1985年(昭和60年)の宮崎」ということもあって、前回に引き続き第23話目を堪能したところで今回も、【つい小ネタに反応してしまう運営のコーナー】をお送りしたいと思います。
本編を堪能してから読んでいただいても良いし、
「漫画は気になるけど読んでいない」という方も、良かったら先にこのコーナーに目を通していただき、東村アキコさんの『まるさんかくしかく』に興味を持ってくれたらいいな、なんて思っています(*^^*)
※この先は作品のネタバレを含みますので、ご注意ください…
「まるさんかくしかく」第23話の小ネタに反応しちゃう運営のコーナー※ネタばれ注意
【🌴 #まるさんかくしかく 第23話🌴】
最新23話掲載の #オリジナル 9号、本日発売🎊
今回は単行本発売直前の巻頭カラー&大増ページでお届けします✌️✌️1話24ページで笑いから涙まで😂🥲
漫画を読む楽しさがすべて詰まっています!
ぜひ~!!!#東村アキコ #宮崎 #昭和 pic.twitter.com/e1bZzwvxlT— 東村アキコ『まるさんかくしかく』公式(2巻4/30頃発売!) (@marusankaku1985) April 19, 2024
今回のテーマは「新しい仲間事件!」となっていますが、その内容の随所に当時の時代背景が伺える小ネタが今回も満載でした(^^♪
では、すこし下にスクロールしたところから始めますよ~
さん
に
いち
■大都会からの転校生は注目の的!?
まあこれは…今も昔も変わらないと思いますが!?『転校生』はその存在そのものが注目を集めますよねw
ちなみに今回の転校生はあの『東京』から来たという設定だったわけですが…東京といえば、TVの中の世界というイメージがあるだけに、そりゃあ田舎の宮崎の小学生はテンション上がるでしょうね~(/・ω・)/
なんといっても!スマホやらPCなどなく、見知らぬ人と繋がる手段は「文通」くらいしかなかった、昭和の時代。
大都会・東京からやってきた転校生は、そりゃあもう、大注目間違いなしの存在なんです。
同じ県内のしかも隣市からの転校生でもこの騒ぎですからね…東京からじゃアッコたちの反応も納得だよねw
■しかも髪型がフミヤっぽい?
そして転校生・龍之介くんの髪型にも注目!
前髪のたれ具合?がチェッカーズのフミヤ(藤井フミヤさん)っぽいところが、都会的なイメージを出していますよね^^
なお余談ですがこの時代。
中学校に上がると、少なくとも宮崎市は「坊主」と「長髪OK」の学校とあったのですが、「長髪OK」の学校ではやたら、男子の髪型がフミヤっぽかったような気がしますw
協力者から提供してもらった1980年代の宮崎市内の某中学校の生徒手帳より。この中学校は長髪OKだったようですね。「額の極端なそりこみはしない。」の一文に当時のヤンキー文化 流行を感じます^^
■宮崎が全国に向けてついついメッチャ自慢しちゃうネタ・巨人キャンプ!
「巨人の宮崎キャンプ」は、アッコたちのいる1980年代はもちろんのこと、令和現在でも変わらず、ついつい宮崎人が東京をはじめ、全国に向けてアピールしちゃうご当地ネタなのではないでしょうか?
普段は47都道府県のなかでも地味なタイプというか…華やかなポジションの県とは言い難い宮崎ですが、昭和の頃からプロ野球キャンプの時期になると、巨人もですがそれ以外にも大人気の各球団がキャンプをしてくれて、イッキに全国からの注目度が高まりますからね~
少なくとも、運営陣はこの時期になるとちょっと嬉しくなっちゃうのでした(^^)
なので、
分かるぜ!ごっちん!そのイチオシしちゃう気持ち!!!(笑)
■宮崎でも日常的に標準語は使うよ!でもね!イントネーションがね!!!
龍之介くんの、ほんっとに何気ない発言にテンション爆上がりの4年4組のみんなw
85年当時の宮崎でもお店とかで日常的に標準語使ってるの聞いてたやろwってツッコミたくなるかもですが、いやいや!宮崎と東京じゃイントネーションが全く違うんですよね~
「いいね」という言葉ひとつでも、
宮崎だと、概ね「い↑い→ね↓」という感じのイントネーションだと思いますが、※県内全てがこのイントネーションってわけじゃないかもだけど(^^;
東京だと「い↑い↓ね→(or↑)」ってな感じ。
…分かりにくい説明でスミマセン(汗)
ですが、とにかく、同じ標準語でも宮崎と東京じゃ全く別物のイントネーションなんですよね。
龍之介くんの標準語はまさに東京イントネーションの東京弁!例えるならキー局のアナウンサー…85年だったら夕方の全国ニュース・スーパータイムの逸見アナや幸田シャーミンさんの放つ標準語と同じだったのでしょう。
そんな、普段はブラウン管の向こう側にしか存在しなかった言葉が目の前で発せられてるわけですから、そらテンションあがるよなぁw
大袈裟かもしれませんが、当時のアッコちゃんたちにとって海外の方が目の前で異国語を話してるのにさえ近い感覚だったんじゃないかなと思います(^^)
■斉藤くんの気持ち、ちょっと分かりますw
斉藤くんのピュアな感覚に爆笑しましたw詳細はぜひとも本編で確認してくださいね(^^)
発言したそばからツッコミを受けていた斉藤くんですが、運営はなんか彼の気持ちに共感しちゃいました!
先述の通り、1985年の宮崎の小学生にとって「東京」って、テレビのブラウン管の向こう側の存在だったんですよ。親類が東京に居るとかならもうちょっと身近な存在だったかもだけどね!
当時の大ヒットドラマ「うちのこにかぎって」主題歌のチェッカーズの星屑のステージも大ヒットしてた♪に出てくる小学校こそがTHE☆東京の小学校!
そこにはアイドルや芸人さんが住んでおり、宮崎には無い高層ビルが至る所に立ち並んでる…東京といえばそういうイメージしかなかった児童、めっちゃ多かったと思うし運営もそんな感じでしたw
なので、東京のコは森も川も無いコンクリートジャングルしか見たことないんじゃないか?という極端な考えに及んでしまってもそんなにオカシイことではなかったかもですよ~^^
■1985年あたりで大衆演劇といえばあの曲が思い浮かんでしまう世代ですw
大衆演劇…アッコの反応と同じく、運営も小学生の頃は全く知らない単語でした。親や祖父母がよく観に行くような環境じゃないかぎり、そんなに身近な存在ではなかったんですよね^^;
しかし!ある大ヒット曲の登場で日本全国に「大衆演劇」という存在が認知されるようになりました。
そう、「夢芝居」です。すぐに分かった方はアッコや運営陣と同様に当時のテレビを観てた仲間ですね。握手だ!!!
1982年リリースの夢芝居は大ヒットメーカー小椋佳さんの作詞作曲で、それだけでも名曲だろうなと分かるわけですが、この曲を歌う梅沢富美男さんの女形の御姿と声が素晴らしく、テレビでこの曲が流れたら、耳も目も魅了されちゃうという状況でした。
Wikipediaによると、この曲が大ヒットした要因のひとつが1983年5月のザ・ベストテンで、この日は大衆演劇「梅沢劇団」の舞台で梅沢さんが夢芝居を歌うのを生中継したとのこと。MRTでこの回のベストテンを観てた宮崎人もキット多かったんじゃないかな♪
2024年現在はバラエティ番組やワイドショーでそのお姿を拝見する機会が多い梅沢富美男さんですが、夢芝居がリリースされた頃の女形の御姿は、とにかくメッチャ綺麗で子供心に驚いたものでした。
■地味なのに謎の存在感をもつ県の花「はまゆう」
詳細はぜひ本編で確認して頂きたいのですが、アッコちゃんの「はまゆう」に対する感想に爆笑しつつ、大きく頷いてしまいましたw
分かる分かる!キレイではあるんだけど、なんというか掴みどころの無さがあるお花だよねw
それにしても、宮崎では「はまゆう」という単語やモチーフを日常生活のなかでしょっちゅう目にする気がします。
以前、この記事でも触れましたが南バイパスの街灯のモチーフもこの花ですよね。運営陣は長いこと全く違うモノだと思ってましたがw
はまゆうはバラや桜みたいなインパクトがある感じではなく、ぶっちゃけ地味なタイプのお花かなと思うのですが、温かい海辺を好む植物で、宮崎ではとくに代表的な観光地の青島や日南海岸で沢山の花を咲かせることから県の花になったようです。公募で決まったとのことなので、昔から多くの県民に愛されている花ということなのでしょうね^^
はまゆうは花の姿は地味だけど、夏の夕暮れには強い芳香を漂わせてくれる…ゴメンナサイ。何度も日南海岸とかで沢山のはまゆうを見てるのに全く気付かなかった(汗)この夏は思い存分嗅がせてもらおうと思います!!!
それにしても、花以上に単語として見かけることの多い「はまゆう」
たとえばレストランやお寿司屋さん。宮崎では「はまゆう」と名の付くメニューやコースがある率が高いと思います。
お弁当だってそう。松竹梅と同じくらいの頻度で「はまゆう」って名前のお弁当を見掛ける気がするのは運営だけではないはず。
というか、そもそもお店や団体の名前自体が「はまゆう」というのもよく見掛けるような…
気になったのでザッと調べたところ、牛乳屋さんから弁護士事務所さんまで膨大な数の宮崎の「はまゆう」が出現しました。恐るべし、はまゆう!
なお今回、アッコのお母さんがママさんバレーから持ち帰って来たチラシをご覧ください。そう、ココにも「はまゆう」がっ!!!
宮崎の主成分のひとつは「はまゆう」なのかもしれない…あと、宮崎‐鹿児島間を走っていた高速バス「はまゆう号」の復活、待っている方がたくさんいると思うのでお待ちしております(願)
オマケとして、手持ちの90年代資料の「はまゆう」も載せておきます♪
■県外から来た方が宮崎でどこのチキン南蛮を食べるか迷ったらコレが最適解かもしれない
4年4組のみんな、ナイス判断!
宮崎ではほとんどの飲食店でチキン南蛮が食べられるし、美味しいお店が多いけど、そのなかでも特にハズレ率が低いのがお弁当屋さんじゃないかな?と個人的には思っております。
しかもお店のなかで食べるよりお手頃価格の場合が多いし♪
この記事でも書きましたが、宮崎には大盛り&美味しいお弁当屋さんが多い!なので、県外から宮崎に来て「どこのチキン南蛮を食べたらいいんだろう?」とか「人気店は並んでて入れない!」とか困った場合はお弁当屋さんで出来立てのチキン南蛮弁当を買うのはかなり良いチョイスだと思いますよ♪レッツトライ!
余談ですが、1980年代後半の宮崎市で個人的にいちばん好きだったのは子の日(ねのひ)弁当のチキン南蛮でした。お肉が大きくて、ジュワ~と染みた甘酢が美味しくて最高だった!閉店してしまって悲しかったけど、1989年に登場したキラ星「おしべん」の存在が我々を救ってくれました。大好きっ♪
■田野町から約18キロの位置にある小学校
ナビで見てみたところ「まるさんかくしかく」のゴン小のモデルであろう某小学校がトップ候補に挙がってまいりました。
あそこから田野に行くのによく使われる道は車の通行量も多いし、彼の言うとおり危ねーかい、みんなもうそんあたりにしちょきないw
以上!『まるさんかくしかく』23話目の「宮崎&昭和あるある」でしたが、今回は楽しさのなかに切なさがあり、いい話や~とジーンとしていたところで、ラストにしっかり笑わせてくださる東村マジックにやられましたw
それと、「そういや”フォトショマジック”や”プリクラの加工”という概念がまだ無かったであろう1985年でも画像と実物が違うというバグはたしかによく起きてたなw」というのを思い出させて頂きました。
あのポスター、いつ頃の写真を使ったんや…(このシーン、メッチャ面白いので本編でご確認くださいね♪)
あとエリカちゃん、気を確かにもって、強く生きろ!!!
この先もどんなことが起きるのか?「宮崎&昭和あるある」とともに次回も楽しみです!
と…いつもなら「まるさんかくしかく」の小ネタに反応しちゃう記事はこれで〆なのですが、今回はどうしても書かずにはいられなかった小ネタならぬ大きめ?のネタがありましたので、特別に次のページにそのネタを書かせていただきました。
内容は今回の「まるさんかくしかく23話」で龍之介くんたちが公演した1985年あたりの青島のホテルについて。
1985年あたりの青島は、2024年現在の青島とは全く異なる街並みが広がってたんですよね~(*’▽’)
良かったら次のページもお付き合いください☆